多くの時間を何かに費やしてしまう。

ああ、俺はなんて無駄なことに時間を使ってしまったんだ。そういう虚しさはインターネットで時間を溶かした後に多く感じる感情。

いいやいいや、いいんですよ。

人類は幸福になりすぎて、ゲームでいうとレベル99状態なんです。幸福になると生命に対する危機がなくなり、生命力が弱まる。

ここ数日、ズッポリClubhouse(クラブハウス)ですが、エントロピーの法則が働いて早くもコンテンツとして成熟が始まっています。笑

声という道具を多くの人たちは舐めていたかもしれません。声というツールは本当に情報量が多い。そして嘘がつけない。

ロックが細分化され、ハードロック、HM、グランジ、オルタナティブとカテゴライズされても、ロックという源泉は変わりません。この源流とも言える、ロックの本質に触れてこなかった人にとって、カテゴリーは流されるだけの川になる。

有名なミュージシャンの曲を知っているだけが大事じゃなく、大切なのは体験するってことなんだなと。

何の話をしているかというと、Clubhouseで思うのは、俗にいう「インターネットで強かった文字や写真」など、非常に脚色しやすいツールに比べて、声というのはその人の人生感だったり、思いだったり、魂だったりが伝わってくるって話。

一気に奈落に落ちる、薄氷のインターネットの世界において、これほど肉弾戦のバトルフィールドはないなと思いました。

要は、口喧嘩が強いかどうか、屁理屈が上手いかどうかより、声に、話に魅力があるかどうか、声に自信があるのかどうかってのが、このコロナさんの緊急事態宣言の中、図らずとも証明された。非常にプリミティブなコンテンツだということ。

声を出すのは大切なんです。TwitterやFBで病んでいる人は是非声に出して参加して欲しいな。聞くってのは単なる機能でしかない。小さいコミュニティでいいから話すことで参加し、自分が如何に言葉を知らないか、経験が足らないか、人を好きになっていないかを体感して欲しいな。

話せば話すほど研ぎ澄まされていきます。インターネットは優しい世界ではありません。話をすればするほど、声には責任があり、リスクがあり、リアルがある。本当に薄氷を踏む世界であります。

人類はその誕生以来、「豊かさ」と「安全」をずっと求めてきた。しかし、それはどんなに追いかけても手に入らないものであった。それが今の日本においては、まがりなりにも手に入るようになってしまった。つまり今の日本は、史上もっとも「生命を感じる」ということから切り離された国になった。

名越康文「薄氷の踏み方」

今は、『若者トーク、買い物ってどこでする??』を聞きながらこの日記を書いてます。

早いもので2月ですね。